2020-4-30 鉄塔巡視路松江直江線、西忌部〜玉湯町玉造・玉造〜布志名への旧道 |
2020年4月30(木) | 鉄塔巡視路松江直江線、西忌部〜玉湯町玉造・玉造〜布志名への旧道 |
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今日は、鉄塔松江直江線の巡視路や西忌部町から玉造への旧道、また玉造から布志名へ花仙山の南を越えていく旧道を歩いてみようと思います。 帰りの乃木福富町の道路脇の草むらの青い花が目に入りました。ネットの尋ね花の掲示板にあったなと、調べてみるとツリガネズイセンとわかりました。最近道端などに野生化しているようです。 |
玉湯町 タムシバ(芽吹き) |
玉湯町 コシアブラ(芽吹き) |
乃木福富町 ツリガネズイセン |
2020年4月30日(木) | 鉄塔巡視路松江直江線No.29〜No.31 |
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先日4月27日に鉄塔巡視路松江直江線をNo27からNo.29まで歩いたので、その続きをNo.31まで歩きました。 玉作湯神社から金刀比羅宮へ向かって山を13分ほど登ると、十字路があり左へ曲がると、また十字路があり、その右手の斜面の上に鉄塔No.29があります。鉄塔の奥から巡視路が林内へ伸び、すぐに金刀比羅宮への径と合流し、上がって行きます。斜面の階段を上がると、左に金刀比羅宮があり、その前を直進します。 直進するとすぐに峠となって、巡視路の案内標識がありますが、右への分岐を見逃して直進してしまい、3分ほど進んだ鞍部にある案内標識を見て、通り過ぎてしまったことに気が付き峠まで引き返しました。 峠の案内標識のところから右へ分岐があり、少し進んで下がったところに、鉄塔No.30がありました。元の巡視路へ帰り、先程の鞍部まで下って、その先の斜面を上がると、小さな石灯籠と石造りの祠が ありました。祠の中には文字が書かれた木札が納められていましたが、一部を除いてすでに判読不能でした。 祠から進むと、すぐにまた鞍部へ下りて、巡視路は鞍部から右の谷へ下りていくようですが、目の前の急傾斜の尾根には踏み跡があるようなので、上がってみました。斜面を上がると、笹が刈られて径が確保されており、その先には石灯籠と石造りの祠がありました。祠を開けてみると、「再建焼火大神御寶殿」と書かれていました。祠の裏には「奉再建 昭和五十八年十月吉日」と刻まれていました。 鞍部へ引き返し、5分ほど斜面を下っていくと、鉄塔No.31がありました。 この山の鉄塔はこれが最後なので、あとは斜面を下るのみです。山を下りて県道へ出る手前の、集落へ続く径の脇には荒神さんと思われる立石に藁が巻き付けられ、お祀りがされていました。 |
玉湯町玉造 10:35 松江直江線鉄塔No.29 | 鉄塔の奥から巡視路が続く。 | 10:36 |
玉湯町玉造 10:37 金刀比羅宮への径に合流する。 | 斜面の階段を上がる。 | 10:38 階段上の左に金刀比羅宮がある。 |
玉湯町玉造 10:38 金刀比羅宮の前を直進する。 | 10:39 峠に巡視路案内標識がある。 | 10:52 通り過ぎて引き返し、右に分岐する。 |
玉湯町玉造 10:52 鉄塔が見える。 | 10:53 鉄塔No.30 | 10:56 元の巡視路へ帰り、下って行く。 |
玉湯町玉造 10:57 | 10:59 鞍部へ下がる。 | 鞍部に案内標識がある。 |
玉湯町玉造 11:00 斜面を上る。 | 11:02 斜面を上がったところに小さな祠がある。 | 石造りの祠の屋根が壊れている。 |
玉湯町玉造 11:03 鞍部へ下がる。 | 11:04 巡視路は鞍部から右へ下がっている。 | 11:05 尾根の斜面に踏み跡があり登ってみる。 |
玉湯町玉造 11:05 上がったところの笹が刈られている。 | 11:07 石灯籠と石造りの祠がある。 | |
玉湯町玉造 中の木札に「再建焼火大神御寶殿」とある。 | 近くに壊れた祠があった。 |
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玉湯町玉造 11:11 鞍部へ引き返し斜面を下がる。 | 11:13 | 11:15 竹林へ入る。 |
玉湯町玉造 11:16 鉄塔No.31 | 11:17 鉄塔の奥から竹林へ巡視路が伸びる。 | 11:19 |
玉湯町玉造 11:20 山を下りた。 | 11:21 下りたところに荒神さんが祀られていた。 | |
玉湯町玉造 11:21 県道へ出てきた。 | 11:22 下りたところを振り返る。 |
2020年4月30日(木) | 西忌部町〜玉湯町玉造への旧道 |
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昭和22年発行の旧版地形図を見ると、西忌部町一崎から玉湯町玉造へ向かう道があり、現在の車道が峠を越える手前から谷を入って峠を越えています。先日一崎から松江直江線の鉄塔巡視路を歩いた時には巡視路の手前の市道脇に一丁地蔵が数カ所あったので、当時は主要な道であったと思われます。 西忌部町から玉造へ向かう市道が峠を越える手前に谷へ入る作業道(鉄塔巡視路)があります。作業道の舗装が終わり、1分ほど行った径の脇に一丁地蔵がありました。また1分ほど行くと、巡視路の案内標識があり、その反対側の笹薮の中に踏み跡が見えます。通れるような径があるのかと、笹の中に入って見ると、笹が茂っていたのは入り口だけで、中には笹が刈られた径が続いていました。径はすぐ林内へ入って、溜池の脇を過ぎて行きました。林内の径には敷石が並べられ、ところどころに落ち葉に隠れて残っていました。 巡視路から分岐して、5分ほど林内を上がると、径が分岐しています。直進して、尾根を上がってみると、鉄塔No.27が見えてきたので、もとの分岐へ引き返しました。 分岐に帰り、切通しになった峠を越えました。峠には壊れた石造りの祠の残骸がありました。峠からは広い径が続いており、U字形になった径が歴史を感じさせます。径は笹が伸び、枝が伸びて、やや荒れたところもありますが、概ね歩きやすい径が続いています。峠から20分ほど下ると、旧道はコンクリート舗装された作業道によって切られています。 作業道の反対側にも作業道が分岐しているので、旧道の続きだろうと思われ、入ってみました。作業道はすぐに右へ曲がり、細い踏み跡が谷を下がっていました。4分ほど下がると径は不明になり、谷の川の縁を下がると、目の前には大きな岩山が立ちはだかり、そこで右からの川と合流しました。川を渡って、岩山の脇を抜けると、すぐに住宅団地の下の市道へ上がりました。 この市道は団地が開発されるより以前からあるので、概ね旧道に沿っていると思われます。市道を下がると、団地入口の空口公民館の前に出てきました。ここから県道を渡って、向いの玉作会館の右横から川沿いに細い道を下ると、温泉街の玉造大橋につきました。 旧版地形図と見比べると、山から下りて市道へ上がってから、しばらくして川沿いへ下りて、空口公民館のところへ出てくるのが旧道のルートのようです。後日確認しようと思います。 |
西忌部町 12:04 市道から左へ作業道を入る。 | 12:06 舗装は終わり、径は続く。 | 12:07 径の脇に一丁地蔵がある |
西忌部町 | 12:08 巡視路案内標識から右に踏み跡がある。 | 12:10 笹が多いが径が続いている。 |
西忌部町 12:11 池の脇に径がある。 | 12:13 敷石が並べられている。 | |
西忌部町 12:14 径が分岐する。 | 12:15 直進し尾根を上がってみる。 | 12:16 |
西忌部町 12:20 | 12:20 鉄塔No.27が見えた。 | 12:23 分岐へ帰り、峠の切通しを越える。 |
西忌部町 12:24 峠に壊れた石造りの祠の残石がある。 | 12:25 峠を越えるとまた敷石がある。 | 12:26 広い径が下っていく。 |
玉湯町玉造 12:28 敷石がある。 | 12:29 径がU字形になってくる。 | 12:31 少し荒れている。 |
西玉湯町玉造 12:36 U字形の径が続く。 | 12:38 | 12:40 |
玉湯町玉造 12:43 作業道が見えてきた。 | 出てきた林を振り返る。 | 12:45 作業道の反対側に分岐がある。 |
玉湯町玉造 12:46 林内に作業道が下っている。 | 12:47 作業道は右へ、径は直進する。 | 12:49 シダの中に踏み跡がある。 |
玉湯町玉造 12:51 径は不明になり、川を下る。 | 12:52 大きな岩山が立ちはだかり、川を渡る。 | 12:54 岩山の脇を径が続く。 |
玉湯町玉造 12:55 細い径が市道へ上がっている。 | 12:56 市道へ上がった。 | 上がった所を振り返る。 |
玉湯町玉造東 団地の下の市道を下がる。 | 玉湯町玉造空口 | 向いの玉作会館の右横から道がある。 |
玉湯町玉造 小さな川に沿って道が下がる。 | 温泉街へ出てくる。 |
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玉湯町玉造 玉造大橋 | 建物の右横から下りてきた。 | |
昭和22年発行旧版地形図 |
2020年4月30日(木) | 玉湯町玉造〜布志名への旧道 |
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昭和22年発行の旧版地形図を見ると、玉湯町玉造から布志名へ花仙山の南を通って道があり、西忌部町一崎から玉湯町布志名へ向かう道と峠で合流しています。先日、一崎から布志名まで山越えした時に、峠から尾根を玉造に向かってみましたが、すぐに藪が深くなって引き返しているので、逆に玉造から向かってみることにしました。 玉造温泉街の玉造大橋から小さな川沿いに路地が上がっているのが旧道で、上がると県道で切られているので、県道を渡って空口公民館の前から直進して、住宅地の間を上がり、階段を上がって交差点を過ぎると、左手に墓地があり、その先で道が3つに分かれます。目の前の山に入る場所を探すと、左側の2本の道の角の茂みの中に踏み跡のようなものが見えました。段差を上がると、確かに林内に踏み跡らしきものが上がっていました。 林内へ入ったところは、なんとか踏み跡があります。少し上がると径が分かれるようですが、右へ向かって行き、木の枝が伸びて藪になっているところをを抜けると、また、はっきりとした径が続きました。峠を越えて下がって行くと、谷間の水田脇へ下りてきました。 水田脇から谷を上がると、林道花仙山線へ合流して上がっていき、5分ほど上がったあたりから、旧道が山へ入っているはずですが、林道で切られて崖になっているので、見つけることができませんでした。さらに林道を上がったところに作業道が右に入っていて、この作業道の奥で旧道に出会うはずなので、入って見ました。 作業道を2分ほど入ると、作業道は終わり、林内へ細い踏み跡が続き、その先に小さな石造りの祠がありました。祠の近くから下へ向かって踏み跡のようなものがあり、林道へ繋がっていると思いましたが、すぐ笹薮の中に消えてしまったので、確認はやめました。祠の先は植林地になっており、踏み跡は全く不明でしたが、上に向かって行くと、植林地を抜けたところに、径らしきものが上がっており、しばらくすると別の径と合流して、左へ上がりました。 上がったところは、溜池に続く作業道で、少し進んで左へ分岐し林内へ入ります。林内にも広い作業道が続いており、分岐を右へ曲がって、植林地の脇を進んでいきます。7分ほど進むと植林地が終わって、径は細くなって続いています。さらに5分ほど進むと、溜池の上部に出て、さらに尾根沿いに上がって行きます。 尾根の南側の植林地脇に踏み跡があったり、尾根の林内に踏み跡のようなものがあったりしますが、径は不明です。ここまでの途中には、ところどころで木の枝が折ってあり、最近人が通ったような様子がありましたが、藪が深くなったとろこでは、その目印もなくなりました。藪の中に径の跡のようなものがあり、先日通った峠までは、あと100mくらいのようですが、藪がまだまだ続きそうなので、今日のところはここで引き返しました。 |
玉湯町玉造 13:35 玉造大橋から出発する。 | 13:40 県道を渡り空口公民館から直進する。 | 13:41 石段を上がる。 |
玉湯町玉造 13:42 墓地の脇を上がる。 | 13:46 道路の分岐の角の藪から入る。 | 13:48 藪の中に踏み跡がある。 |
玉湯町玉造 13:49 踏み跡らしきものがある。 | 13:52 径が上がっている。 | 13:58 枝が伸び荒れている。 |
玉湯町玉造 14:02 荒れた径が続く。 | 14:04 ようやく藪を抜けた。 | 14:07 はっきりした径がある。 |
玉湯町玉造 14:09 峠に上がった。 | 14:12 峠から下がる。 | 14:13 谷間の水田脇に出た。 |
玉湯町玉造 14:14 水田脇に径が上がっている。 | 出てきた山林を振り返る。 | 14:18 林道花仙山線へ合流する。 |
玉湯町玉造 14:24 山への入り口を探す。 | 14:27 作業道を入る。 | 14:28 ケヤキの脇を行く。 |
玉湯町玉造 14:29 作業道が終わり、林内へ径がある。 | 14:30 林内へ入ったところに石造りの祠があった。 | 14:34 踏み跡が不明だが、植林内を上がる。 |
玉湯町玉造 14:35 | 14:38 植林地を過ぎると径らしきものがあった。 | 14:40 径が上がっている。 |
玉湯町玉造 14:45 別の径に出会う。 | 径が左上に上がっている。 | 14:48 溜池に続く作業道へ上がった。 |
玉湯町玉造 14:48 植林地との境から出てきた。 | 14:49 作業道から左の林内へ分岐する。 | 14:50 作業道の分岐を、右へ曲がる。 |
玉湯町布志名 14:52 植林地の境に広い径が続いている。 | 14:54 | 14:57 植林地が終わると径は細くなる。 |
玉湯町布志名 15:03 溜池の上部へ出た。 | 15:05 踏み跡を上がって行く。 | 15:08 左へ尾根が曲がっていく。 |
玉湯町布志名 15:12 踏み跡が不明になる。 | 15:13 植林地の脇を上がって行く。 | 15:17 |
玉湯町布志名 15:24 踏み跡があるような気もする。 | 15:32 踏み跡がまったくない。 |
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玉湯町布志名 15:35 径がまったくわからないが、尾根を上がる。 | 15:36 ところどころに最近の人の気配がある。 | 15:43 尾根は全く径がなく、尾根の脇へ出る。 |
玉湯町布志名 15:52 また尾根に帰り、踏み跡らしきものがある。 | 15:58 踏み跡がほとんど不明、藪を上がる。 | 16:08 藪が深くなってくる。 |
玉湯町布志名 16:24 | 16:28 藪の中に踏み跡があるが、引き返す。 | |
昭和22年発行旧版地形図 |