2019-3-14
|
2019年3月14日(木) |
---|
今日は、3月5日に西尾町まで歩いた風土記の道、枉北道の続きを北に向かって歩いてみました。 先日の最後に天神神社の近くの集落で歩いた径が古い地図とは若干違うようなので、現地を再確認しました。先日は集落の脇を北へまっすぐ進みましたが、集落の入り口から川に沿って径が民家の裏を通って、北へ伸びていました。近くの人の話では、「小さい頃にもまっすぐの道もあったが、兵隊さんが川沿いの道を通っていた。」とのことでした。この先で、枉北道は西尾農道とだんだん道路によって切られています。先日は、農道の陸橋を渡ったところの斜面に上がる道を、枉北道の続きと考えましたが、この斜面を上る道は、農道によって切られた尾根の道であると思われます。 橋を渡ったところで北へ向かう道があるので上がってみると、すぐに左へ、山へ入る道があり、これが枉北道の続きだと思いました。 山へ入ったところから広い径が続いており、古い石地蔵が2箇所ほど確認できました。入り口から5分ほど行くと、径は竹林内へ入り、枯竹が倒れ込んで、非常に進みづらくなりました。20分ほど枯竹と格闘しながらも径が見えていましたが、ついに倒れ込んだ枯竹の下に見えなくなってしまいました。前方はさらに枯竹が続くので、枯竹の少ない谷に下りて上がることにしました。しばらく上がると径が見えてきたので、径が見えなくなったあたりで谷へ下りるのがルートのようです。 しばらく上がると峠について、径は下っていきます。径ははっきりしませんが、谷を下っていくと、谷の脇に径がありました。やがて径は溜池の脇を通って、田んぼへ出てきて、その先に南家池が見えてきました。畑の脇から下りて、田んぼの水路に沿って進んでいくと市道へ合流しました。合流した市道の脇に大きな石灯籠がありましたが、一畑燈籠かと思われました。 市道を少し進み、鳥打峠への分岐を過ぎて、小さな橋を渡って田んぼの畦を、嵩山の参道入り口へ向かって行きます。田んぼの畦から山裾へ入ると、広い径があり、竹林へ入って、左への分岐があります。枯竹が倒れ込んで歩きにくいですが、埋もれかけた石地蔵が残っていたりするので、古い径であることは間違いないようです。大正時代の地形図には、集落の東西に道が載っており、どちらのルートが正しいのかわかりませんが、東側のルートが直線的で合っているような気もします。 民家の脇から市道へ合流しまっすぐ進むと、市道は左へ曲がりますが、そのまま西宗寺の入り口を過ぎ、農道をまっすぐ進み、熊井の滝への分岐を過ぎると下東川津町の国道へ出会います。山裾を周って国道を渡ると、農道は朝酌川を亀尻橋で渡って旧国道へ出会います。旧国道を渡って、田んぼの脇を行くと、美保関往還と交差し、田んぼの中の畦道を北へ向かいます。市道へ合流した径は山際を進み、溜池の手前で、右へ折れて東進します。坂本町に入って舗装道を外れて田んぼの畦道を北進すると、やがて川の土手を通って、農道に合流します。坂本中の交差点を左へ入ってすぐ右へ上がって安養寺の前を通り、また農道に合流しますが、手前の奥にある比加夜神社に寄ってみました。農道から川の土手を通って比加夜神社を経由して道が続いているので、こちらがルートかなとも思いましたが、古い地形図には径が載っていませんでした。ただ、交差点から寺までの道も載っておらず、谷の奥から周っています。 寺の前から農道に出た枉北道は、資料では農道を渡って、おりた池(お里多池)の下を通って、再度農道を越えて山を横断して田んぼを渡っているようなので、後日調べてみることにします。おりた池の清水橋を渡って、坂を下ると、田んぼへ向かって小さな径が分岐しています。径は田んぼを横断し向かいの丘へ上がり、畑の脇を通って、市道と交差して伸びていました。資料では、田んぼを横断するのは、もう少し北を通っているようですが、丘へ上がる径は確認できませんでした。古い地形図には、今回歩いたルートが載っています。(4月17日に調べると、安養寺から農道を渡って池の南を通る道が確認できました。しかし、再度農道を越えて山へ入る径は確認できず、また北の田んぼを通る径もわかりませんでした。) 福原町で発掘された芝原遺跡の付近に島根郡家があったのではないかと想定されています。とすると枉北道は下東川津町納佐から北へ上がらず、ほんど旧国道に沿って福原町へ至るルートも考えられます。(参考:「芝原遺跡」松江市教育委員会1989) |
西尾町 集落の民家の間の路地を入る。 | 民家裏の水路の脇に径がある。 | |
西尾町 天神神社前の畑脇の道に出る。 | 西尾農道の陸橋を渡る。 | だんだん道路の法面上に径がある。 |
11:53 西尾町 左へ山への作業道がある。 | 11:54 林内に広い径がある。 | 径の脇に石地蔵がある。 |
11:55 西尾町 分岐を右へ行く。 | 11:56 径の脇に石地蔵がある。 | |
11:56 西尾町 鉄塔巡視路の標柱を右へ行く。 | 11:58 枯竹が多くなってくる。 | 12:08 枯竹が倒れ込んでいる。 |
12:17 西尾町 枯竹で径が見えなくなる。 | 12:19 枯竹の少ない谷へ下りる。 | 12:25 上東川津町 径が見えてきた。 |
12:30 上東川津町 分岐を右へ行く。 | 12:31 右へ尾根を上がると和久羅山へ上がる。 | 12:33 径が下って行く。 |
12:36 上東川津町 谷を下って行く。 | 12:40 谷沿いに径がある。 | 12:42 溜池が見えてくる。 |
12:43 上東川津町南家 南家池が見えてくる。 | 下りてきた谷を振り返る。 | 南家池の右の畑の脇を下りる。 |
上東川津町 田んぼの水路脇を行く。 | 12:47 市道へ合流する。 | 橋を渡り川の右を行く。 |
上東川津町 田んぼの畦道を行く。 | 広い径がある。 | 竹林内に径が続く。 |
上東川津町 分岐を左へ行く。 | 枯竹が倒れ込んでいる。 | 埋もれかけた石地蔵がある。 |
上東川津町 枯竹が少なくなった。 | 民家の脇へ出てきた。 | 出てきた所を振り返る。 |
上東川津町 市道を行く。 | 田んぼの中の農道を行く。 | 熊井の滝への分岐 |
下東川津町 国道に出会う。 | 国道を渡り農道へ。 | 農道を進み、朝酌川の亀尻橋を渡る。 |
下東川津町 旧国道を渡る。 | 田んぼの脇の細い路地を行く。 | 下東川津町納佐 田んぼの中に広い畦道がある。 |
下東川津町納佐 民家後ろの畦道を行く。 | 市道へ出た。 | 市道を行く。 |
下東川津町納佐 市道は山際を行く。 | 鉄塔から右へ分岐する。 | 坂本町 田んぼの向こうに嵩山が見える。 |
坂本町 左の畦道へ向かう。 | ||
坂本町 川の土手を行く。 | 農道に合流する。 | 交差点を左に入る。 |
坂本町中 少し奥にある比加夜神社 | ||
坂本町中 比加夜神社本殿 | 交差点から入り、右へ上がる。 | 道路脇の安養寺 |
坂本町 安養寺 | 安養寺前から農道に合流。 | おりた池の清水橋を渡る。 |
福原町 農道から右へ分岐 | 田んぼから丘へ上がる。 | 市道へ出る。 |