2021-8-4 松江の神社を訪ねる その37 |
2021年8月4日(水) | 松江の神社を訪ねる その37 鹿島町古浦〜上講武 |
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今日は、鹿島町の神社跡を探してみることにしました。 東生馬町にあった日吉神社は字名「山王」にあったということで、ネットで調べると東生馬町に山王古墳があり、近くをストリートビューで見ていると、山王橋が御津東生馬線と松江鹿島美保関線の交差点の近くにありました。近くに残る森に向かって斜面を上る石段があるので、途中で確かめてみました。やはり、この森の入口に日吉神社旧趾の石碑があり、ここが神社跡のようです。 鹿島町古浦にあるという魔納荒神は、鹿島町のまち歩きガイドマップに載っていますが、絵地図のため場所が不明です。公民館で地区の方に尋ねてもらって、やっと場所がわかりました。ガイドマップでは砂浜にあるようになっていますが、位置が違っています。 名分にあった西宮神社の跡地は、番地から見当をつけた付近の家で尋ねてみました。「跡地は裏の山にあるが、何も残っていない。今は荒神を祀っている。」とのことで、道を教えていただきました。 北講武の八幡宮跡を探して西谷地区に入ると、山へ向かって道路が上っており、その先に手すりが斜面にあるのが見えました。山へ上ってみると、中腹に歳徳神や荒神があり、その上に金毘羅大権現と刻まれた石柱が祀られていました。この辺に八幡宮があったはずだがと、近くの家で尋ねると、「荒神のある場所に八幡宮があった。」とのことでした。 南講武の小谷地区で明治末期に多久神社に合祀された日吉神社のことを数軒で尋ねましたが、「わからない。宮司さんに聞かれたらいいですよ。」とのことでした。(宮司さんはお留守でした。) 石津地区で明治末期に多久神社に合祀された厳島神社のことを尋ねてもわかりませんでしたが、番地の場所は集会所になっているので、様子を見ると隅に手水鉢が残っており、この場所で間違いなさそうです。 松江の神社 |
東生馬町 日吉神社跡 |
鹿島町古浦 魔納荒神 |
鹿島町名分湯戸 西宮神社跡 |
鹿島町北講武尾坂 日御崎神社 |
鹿島町北講武尾坂 お堂 |
お堂の中の仏像 |
鹿島町北講武西谷 金毘羅大権現 |
鹿島町北講武西谷 八幡宮跡 |
鹿島町上講武石津 秋葉山 |
鹿島町上講武石津 厳島神社跡 |