2021-2-22 松江の神社を訪ねる その7

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2021年2月22日(月) 松江の神社を訪ねる
 神社境内の木陰に刺のある小木が群生していました。葉に比べて刺が長いのでアリドオシと思います。オオアリドオシはよく見かけますが、アリドオシは、これで2か所目です。

アリドオシ



東出雲町
アリドオシ



2021年2月22日(月) 松江の神社を訪ねる その7 東出雲町〜八雲町
 東出雲町、八雲町の神社を訪ねてみました。最初にまだ平濱八幡宮の御旅所を訪ねていなかったので、寄ってみました。南の参道の途中に小さな社が祀られていました。須田の小祠は写しきれていなかったので、再度寄ってみました。

 道路脇にお堂らしいものがあったので、覗いてみると仏像が祀られていました。農作業中の方に尋ねると、薬師堂ということでした。この地区の60軒ほどで、須多神社と一緒にお祀りをしているとのことでした。近くの道路の一段高い所にお堂らしものがあったので確認してみると、歳徳神のようです。

 昭和22年印刷の古い地形図を見ると、上意東公民館から500mほど県道を北へ行ったところの山の縁に神社のマークが載っていますが、今はなにもありません。山の縁を歩いて見ましたが、神社があったような痕跡は見つかりませんでした。公民館でも尋ねてみましたが、神社があったということは聞いたことがないとのことでした。
 上意東の岩崎神社と立石神社は、雲陽誌に岩を祀ったものだという記載があったので、再度岩の様子を見に行きました。

 松江の神社

八幡町
平濱八幡宮御旅所
東出雲町須田
小祠
東出雲町須田
薬師堂

 
薬師堂の内部
東出雲町須田
歳徳神
東出雲町上意東
岩崎神社


 雲陽誌の意東の項に、十二社権現という神社が載っており、調べてみると乗光寺の金毘羅宮に十二所権現として合祀されているということなので、乗光寺の金毘羅宮を訪ねてみました。
 上意東から山を越えて、揖屋の上分へ出ると、上分公会堂の横にお堂がありました。地蔵札が貼ってあったので、地蔵堂のようです。

 先日、市原神社を訪ねた時に、神社の奥に径が続いていて、気になっていたので、奥へ径をたどってみました。急な坂道を上がっていくと、両側の木から注連縄が張ってあり、その奥に荒神が祀られていました。

 揖屋から須田へ抜ける道路の角に小さなお堂が見えたので、近くの方に尋ねると、「大内神社の本家で、大内晴持の墓を祀っている。私の家が大内家の家老杉家の末裔の小室で、代々お墓を守ってきた。」ということでした。

東出雲町上意東
立石神社
東出雲町上意東
乗光寺の金毘羅宮・十二所権現
東出雲町揖屋
上分の地蔵堂

 
地蔵堂の内部
東出雲町市ノ原
市原神社の荒神
東出雲町揖屋
大内晴持の墓

 内馬の道路から民家の裏山を見ていると、木々の間になにか建物のようなものが見えました。農作業中の方に尋ねてみると、荒神さんだということでした。山へ上がってみると、注連縄が張られた奥には荒神が祀られていましたが、他にもたくさんの小祠があり、それぞれに神社名を書いた木札が立ててありました。大きな石灯籠があったりするので、以前には、ここに大きな神社があったのではないでしょうか。

東出雲町内馬
内馬の地蔵
 
東出雲町内馬
内馬の観音堂

 
観音堂の内部
東出雲町内馬
内馬の荒神
八雲町東岩坂
河原神社

 川原神社、笠柄神社をまわって、毛社神社へ行く途中の田んぼの中に小さなお堂があり、地蔵堂のようですが、なぜこんな田んぼの中にあるのでしょう。

 毛社神社を訪ねてから、国道432号の反対側の民家の横にある小さなお堂を訪ねてみました。畑におられた方に聞いてみると、「私の家で祀っているお地蔵様だが、言われはよくわからない。以前は皆を呼んで地蔵盆にお祀りをしていたが、今はそんなことをする時代でもなくなった。」とのことでした。

八雲町東岩坂
笠柄神社
八雲町東岩坂
地蔵堂
 
地蔵堂の内部

八雲町東岩坂
毛社神社
八雲町東岩坂
地蔵堂
 
地蔵堂の内部

 真名井の滝へ寄ってから、近くの道路脇から山へ向かう径があったので、入ってみました。山へ入る径はほとんどが、お墓へ行く径ですが、ここは入るとすぐ左には、手水鉢や石灯籠があり、立石が祀られていました。何なのかわかりませんが、社日碑かもしれません。径はさらに奥に続いており、注連縄の先に石造りの龍の頭部が石の台に祀られていました。このような龍の頭部は、平濱八幡宮の荒神にあり、藁で蛇の頭部を作るのが難しいので、頭部を石像にしたということなので、ここも同じ理由ではないかと思われます。

八雲町日吉
劔神社
山代町
真名井の滝
山代町
荒神

山代町
社日碑?

島根県松江市の野草や樹木、シダを載せています。
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